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カーズ

 

マックィーンはなぜ1位でゴールしなかったのか?

ピストンカップの最後で、マックィーンはクラッシュしたキングを助けて優勝を逃す。1位に固執していたマックィーンの成長が見えるシーンだけれど、1位でゴールしてからキングの元に向かうのでもよさそうなものなのに、わざわざゴール直前で引き返したのはいったいどうしてかという話。偽善のようにも見えてしまうけど、理由がある。

 

この作品の主題は「自分より他人を優先すること」だと思う。いつでも自分が一番で、レースで優勝することしか頭にないマックィーンの成長とは、自分を差し置いて他の誰か、何かを尊重できるようになるということである。
物話の中盤で、マックィーンはラジエーター・スプリングスのみんなに恩返しをする。お客としてそれぞれのお店を訪れて、塗装やタイヤ交換を施してもらう。ここで重要なのは、この時点でマックィーンは道路の修繕を完遂しているということ。つまり、本来ならすぐにでもレースのためにカリフォルニアヘ向かえる。何よりも大切なレースを保留してラジエーター・スプリングスにとどまっているのである。

ここでマックィーンはサリーを含むラジエーター・スプリングスのみんなを自分より優先した=恩返しをしたことになるけど例外がいて、それがメーターとドック・ハドソン。メーターはレース後にその夢を叶えてあげるのだけれど、ドックヘの恩返しは?それこそが、マックィーンが優勝しなかった理由だと思う。

 

レースの終盤でキングはクラッシュを起こし、マックィーンの中でその姿がドックと重なる。自分よりずっと先輩のレーサーで、好成績を収めていたのに一度のクラッシュで引退せざるをえなかったドック。ドックにとっても、キングの姿は過去の自分と重なって見えたはず。

ここでマックィーンが自分の優勝を諦め、キングを助けにいくことで、同時にドックのことも救ったことになる。ドックが心に抱えていた傷はクラッシュの恐怖そのものというよりはむしろ、それで自分が突然見捨てられたと感じたことだったのだと思う。

マックィーンが、何よりも追い求めたピストンカップ優勝よりも過去の自分=キングを優先し、助けてくれたことこそがドックに対する恩返しになった。だから、マックィーンが1位でゴールしてから引き返してキングを助けに向かうことはドックを救うことにはならない。「1位を諦めて」助けにいくことが、ドックヘの恩返しでありマックィーンの成長なんである。

 

この、他人を優先することとカーレースの順位を重ねてるのがディズニーの行儀が良い感じが出てて、っぽいなあと思う。ピクサー作品の好きなところは、前提となる舞台や設定が単に魅力的であるだけじゃなく、その舞台や仕組みそのものに意味がしっかりあるところ。


あとマックィーンについて、こうかも?と思うところがあって、それがステッカーについて。序盤のマックィーンは自己顕示欲の塊で、ステッカーを反射させてカチャーウ!というのをよくやる。あのステッカーそのものが、強すぎる自己顕示欲や高すぎる自尊心の象徴なんではと思う。

ラジエーター・スプリングスでベッシーに繋がれたとき、セメントでステッカーが汚れてしまう。これはスーパーレーサーである自分が田舎の町に拘束されて道路の修繕なんかをさせられて、しかも町の誰も自分のことを知らないという状況に自尊心が傷つけられているっていう表れなんかも。その後マックィーンはカチャーウ!とかすることがなくなるどころか、恩返しのシーンではすてっかも取っ払ってすっかりラジエーター・スプリングス仕様になっている。

 

内面の変化が見た目に反映されるというのも、自動車っていう設定を存分に活かしている感じがする。